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拝啓、心の臓より

綺麗なものならなんでも好きな1型糖尿病の人。

書くということ。

文章を書くのが苦手である。


長い文章は特に苦手である。
というかそもそも長く一つのことについて考えを巡らせるのが苦手である。
現に今も、ブログの最初の記事って何を書けばいいんだべと考え始めたはいいものの、考えても微塵も思い付かないのでもういいかと書き始めた。考えてるとアレするのである。飽きちゃうのである。
どれくらい飽きやすいかと言うと、先日テレビで見た少林寺拳法の達人が水の上に浮かべた板の上を沈まずに駆け抜け対岸へ渡るというあの技くらいである。わからない人は申し訳ない。世界の果てまでイッテくるあの番組だったと思うので、気になる人は各自ググって頂きたい。世界でそのお師匠様しか出来ない技だと言っていた気がする。凄かった。
身体能力の高い芸人さんが弟子入りして習得してたけど、あの芸人さんの身体能力って正気の沙汰でないのだと思う。筆者は運動神経がちょっとしかないから尊敬する。嘘。世界が違いすぎて尊敬も出来ない。只々「スゲェ」みたいな感想しか出ない。
とにかくそれなのである。そのレベルで1つの物事から興味が失われ次へ次へ移って行く。飽きの速さなら世界でひとりのお師匠様の鍛え抜かれた心技体と張れるのである。

なんの自慢にもならない。
なんかすごいことのように書いたが、筆者はただの集中力の無い阿呆である。いや阿呆は言い過ぎた。少々頭の回転が早すぎるだけとも言える。いや言えない。お師匠様に謝れ。はい。ごめんなさい。反省しています。

そんな筆者が重い右手(スマホには右手の人差し指でポチポチ入力するタイプ。スマホの文字入力で心理テストできそうだけど無いのかなあ)を上げたのは、単なる出来心である。
心が出来たのには理由があるんだけど、それまで書くと連想ゲーム式に次の話に流れて行って終わりが見えなくなるので次回とかそのあたりで書こうと思う。書いてどうなるもんでもないんだけど。冒頭に長い文章を書くのが苦手と書いたのは、長くなりすぎて終わらなくなるので苦手っていう、そういう苦手。


語彙力の死滅


筆者、先程「感想スゲェしか出ない。マジでスゲェ。パネェ」みたいな事を書いたけど、筆者も昨今の日本語力の低下の一端を担っている。申し訳ない。
当事者としてより強く感じているが、日本語力の低下は著しいと思う。語彙力の低下まじヤベェ。パネェ。そういうことである。
逆に殆どの感情がヤベェスゲェパネェで伝わるのこそヤベェスゲェパネェと思う面もあるんだけど、それこそ別の機会に書けばいいとして、筆者がブログを書こうと思った動機は前述の出来心の他、そこにもある。

別に、そんなに深刻に思い詰めてはいない。筆者はいわゆるイマドキのアラサーであるので、しっかりとゆとりを持って生きている。だから、お前らの乱れた日本語が日本の品位を損ない学力の低下を招き最終的に日本は滅亡すると言われたら素直にごめんなさいと思う。筆者も正直このままじゃ日本終わると思うし。それを憂いてはいないけど。


筆者は日本語が大好きである。
筆者は学もなければ知識もないので、美しい日本語をたくさん知っているわけでもないし完璧に正しい言葉遣いで話せるわけでもない。今書いているこの文章の中にもおかしな点は数え切れない程あると思う。漢字の使い方、句読店の打ち方、送り仮名、段落、改行、その他。
筆者は国語の成績が滅法良かったが(国語の成績以外が阿呆のそれだったと言われれば反論の余地もございません)、文法だけは何故かちんぷんかんぷんだった。
ただ、そんな筆者も、ちんぷんかんぷんというこの言葉の持つ魅力はわかる。


ちんぷんかんぷん


ちんぷんかんぷんって凄い。そりゃちんぷんかんぷんと辞書で引けば正しいちんぷんかんぷんの正しい意味も使い方も出てくるだろうけれど、今はそこではない。なんだよちんぷんかんぷんって。おかしいたろ。なんだよちんぷんかんぷん。はぁ?
ちんぷんかんぷんを使う時、筆者は大抵が、
「あーもうさっぱりわかんねえめんどくせえななんでこんなことわかんないんだよ自分って馬鹿なのかな嫌んなるわでもまあいっかどうせ死ぬわけじゃないよねうんわかんないアハハ!」
こんなんである。
この、アハハ!までの一連の思考、これを的確にあらわす言葉が「ちんぷんかんぷん」以外にあるだろうか。いや。無い。絶対に無い。
ちんぷんかんぷん。どこか明るく楽観的な響きを持つこの言葉、恐らく初めの「ち」の見た目のフォルム、どことなく漂う可愛らしさと幼さが視覚から、「ぷ」の破裂音の持つインパクト、それもぱぴぷぺぽと5つある音の中から敢えて選ばれた「ぷ」の持つ独特の不謹慎さと愉快さが聴覚からと多角的なアプローチでいい味出してんじゃねえかなと筆者は考えるが、何が言いたいのかというと、

「ちんぷんかんぷん」というなんでもない言葉ひとつとっても、日本語は魅力的な言葉であるということ。


締め作業に入りたい


ここまで読んで頂いた方にはおわかりの事と思うが、筆者は日本語が上手ではない。だけれども、日本語が好きだ。かわいい。美しい。魅力的だ。
特に危機感を抱いているわけでも、ましてや日本語を正しく使おう!勉強しよう!という熱意があるなんていうわけでもない。ただ、こんなに素敵な言葉と仲良くできないなんて、それは少し悲しい、それだけだ。

だから、この言葉をどうにか使って、どんなにくだらない事でもいい、何事かを書き表すことが出来たら、それってちょっといいなと思うのだ。
そして少しずつでも、日本語と仲良くなれたら、もっと日本語との楽しみ方や知らない面、お前ってこんな所もあるんだな知らなかったよ最高かよって思えたら、乱れた日本語の中でも自分なりに、日本語を大切にしているよと思えるのではないだろうか。


稚拙な筆(右手の人差し指)を滑らせながら、その先に見える小さな朝日をおもう。
初投稿。